奥村公延さん。
◎年明け早々、悲しい報せが届く。
奥村公延さん死去。
残念な事に、『掌の小説』が遺作になってしまわれた...。
とある新年会で矢崎仁司監督とお会いし、公延さんの話をしたばかりだったので、
とても驚いた。
公延さんは、矢崎監督の名作『三月のライオン』と
『ストロベリーショートケイクス』にも出ていらっしゃる。
『掌の小説』以外では、おそらく唯一の主演作『ホームシック』(水戸ひねき監督)の
公延さんも素敵だった。
僕は、昔から大好きな俳優さんのお一人でした。
◎遡ること十数年前、
京王線の車内で、公延さんをお見かけした事があった。
僕が乗っていた列車に、とある駅から公延さんが乗って来られ、
そして僕の真正面に座られた。
僕は、
公延さんとお連れ様の会話を、悪い事とは思いつつ、両の耳を欹てて聞いていた。
「うー、話しかけたい話しかけたい」 と思っていたのだけど、
お二人の会話の内容から察するに、どうやら
俳優(趙方豪さん)のご葬儀からの帰り道のご様子だった。
話しかけるには失礼な日だと考え直し、僕は、ただただお顔を盗み見ていた。
しかし、あまりに何度も盗み見ていたので、ある時、ふと目が合ってしまった。
その瞬間、
公延さんは、とても優しく微笑んで下さった。
明大前駅で降りる公延さんの背中に、
「いつか僕の映画に出て下さいませ」と、念を送った。
◎そして、2007年。
『掌の小説』への御出演が決まった。
本当に嬉しくて、
衣装合わせの後、たくさんお話しをした。
進駐軍でドラムを叩いていた頃のお話し、
ある映画に出た時のお話し、女の子のお話し...。
上記の、列車での事をお伝えすると、
「なんだぁ、話しかけてくれたら良かったのにぃ」
と。
「一緒に、オープニングセレモニーに出て欲しいです!」とお伝え頂いたけど、
叶わなかった。
2/11に、お別れ会が開かれるので、
東京国際映画祭から貰ったままの【奥村公延】と記されたパスを、
お渡ししに行こうと思っています。
公延さん。
『掌の小説』の完成が遅れて、ごめんなさい。
もっとお話しを聞きたかったです。
どうぞ安らかにお休み下さい。
たくさんの、
本当にたくさんの素敵な作品を、有難うございました。
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