坪川拓史オフィシャルブログ 昨日の雲に鼓笛隊

奥村公延さん。

◎年明け早々、悲しい報せが届く。

 

 奥村公延さん死去。

 

 残念な事に、『掌の小説』が遺作になってしまわれた...。

 

_DSC0164.JPG◎報せを聞く前日、

 とある新年会で矢崎仁司監督とお会いし、公延さんの話をしたばかりだったので、

 とても驚いた。

 

 公延さんは、矢崎監督の名作『三月のライオン』と

 『ストロベリーショートケイクス』にも出ていらっしゃる。

 

 『掌の小説』以外では、おそらく唯一の主演作『ホームシック』(水戸ひねき監督)の

 公延さんも素敵だった。

 

 僕は、昔から大好きな俳優さんのお一人でした。

 

◎遡ること十数年前、

 京王線の車内で、公延さんをお見かけした事があった。

 僕が乗っていた列車に、とある駅から公延さんが乗って来られ、

 そして僕の真正面に座られた。

 

 僕は、

 公延さんとお連れ様の会話を、悪い事とは思いつつ、両の耳を欹てて聞いていた。

 

 「うー、話しかけたい話しかけたい」 と思っていたのだけど、

 お二人の会話の内容から察するに、どうやら

 俳優(趙方豪さん)のご葬儀からの帰り道のご様子だった。

 

 話しかけるには失礼な日だと考え直し、僕は、ただただお顔を盗み見ていた。

 しかし、あまりに何度も盗み見ていたので、ある時、ふと目が合ってしまった。

 その瞬間、

 公延さんは、とても優しく微笑んで下さった。

 

 明大前駅で降りる公延さんの背中に、

 「いつか僕の映画に出て下さいませ」と、念を送った。

 

◎そして、2007年。

 『掌の小説』への御出演が決まった。

 

 本当に嬉しくて、

 衣装合わせの後、たくさんお話しをした。

 

 進駐軍でドラムを叩いていた頃のお話し、

 ある映画に出た時のお話し、女の子のお話し...。

 上記の、列車での事をお伝えすると、

 「なんだぁ、話しかけてくれたら良かったのにぃ」

 と。

 

るいじsann 009.jpg

 

るいじsann 008.jpg◎昨年10月の東京国際映画祭。

 「一緒に、オープニングセレモニーに出て欲しいです!」とお伝え頂いたけど、

 叶わなかった。

 

  2/11に、お別れ会が開かれるので、

 東京国際映画祭から貰ったままの【奥村公延】と記されたパスを、

 お渡ししに行こうと思っています。

 

 公延さん。

 『掌の小説』の完成が遅れて、ごめんなさい。

 

 もっとお話しを聞きたかったです。

 

 どうぞ安らかにお休み下さい。

 たくさんの、

 本当にたくさんの素敵な作品を、有難うございました。

 

(撮影/与那覇政之)_DSC0080.JPG 

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2011.04.26

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